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誕生日でした。 

はいどうもこんばんは。
12月ですね。うっへえ。はええ。

そいえば11月22日が誕生日でして、多くの方に祝っていただきました。
この場を借りて御礼を。ありがとうございます!


今年の目標?んー、

今年こそ幸せになってみせる     ですかね。。。。www


冗談はさておき、まあ、口には出せないですけど、
あるレヴェルまで絵を上手く描くこととしておきましょう。うむ。


そいえば。何ヶ月か前に『人生回りはじめた!ウフフ』とか言ってましたけど、
実はあの日記書いてから一週間後くらいには完全に止まってました。

何も上手く行かなくなっちゃったよう(´;ω;`)ブワッ

そんな僕の最近の癒しは中二病の六花ちゃんです!あー、ももうかわいいなコンチクショウ!!!


彼女欲しい_(:3 」∠ )_

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これめちゃくちゃカッコイイので是非見て欲しいのだ。











いやあ、黒赤の服装に鎌は中二全開でロマンよね!

あと金属質な羽はやっぱかっこいいゼ!ぜひとも描きたい



RUBY
RUBYらくがき



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さて。

最近ほんとスランプというか全然描けねえというか、
何描いてもコレジャナイ感がやばい。

だいたい寝たり出掛けたり、何かしら気晴らしするとある程度元には戻るんだけど、
今回のは全然治る気配がありませぬ・・・。

どうにかならんもんですかね^p^


ここ最近は意識して良い物だけを見ようとしてるってのも一因かもねー、
そのレヴェルに自分がついていけてないのがしんどいです。

大抵ここを乗り切れば階段上りたりするもんだけど・・・いつになるのか・・・ウヌヌ。


では。



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作ってるやつ至上主義。 

はいどうも。
今日はちょっと真面目なお話。


さっき相方と話をしていて、僕は『作ってるやつ至上主義』だと言うくだりになった。

結構前からツイッターとかでちょこちょこ言ってはいたのだが、
せっかくなのでここに書いておこうと思う。


『作ってるやつ至上主義』

その創った作品がどんなに素晴らしいものだろうが、どんなに下手糞なものだろうが、
創る人間は創らない人間より上だと僕は思っている。

もっと言ってしまうと、『行動する人間』は『行動しない人間』より偉い、と思っている。


行動しない人間は何をするか。口を動かす。
自分の手で何かを産み出す事をしない。いわゆる、『一般人』。

別に一般人が悪いとかそういう事ではないけど、
やはり作り手と受け手と言う括りにするとどうしても僕は作る側の立場から、下に見てしまう。


勝手な意見だけど、作る側の人間ってのは例外はあれ、誰しもそういう思考があるんじゃないかと思う。

身近な例で言うと、ツイッター。

好きな作者さんをフォローして、相手からフォローが返ってくるかどうか。
何かを作ったことが無い人間と、大なり小なり何かを作っている人間。
どちらが返ってくるか。
(僕は最近、例外こそあれオフ会で会ったとか元から知ってる人だとかじゃないと返してないです。
もうすでにTL追いきれてないので・・・返してない人スイマセン)


じゃあ世の中の人みんながみんな何かを作りだせばいいか、となったら、それは僕はYESだと思う。
作ればいいじゃん。それがどういう出来であれ、作ったら良いと思う。

『つまらない物を作る人間が沢山増えれば、その市場がつまらなくなる』は相方の弁だが、
確かに2ch然りニコニコ然り、数年前に比べてどんどんつまらなくなっていってるとは僕も思う。

しかしそれでも「糞を流すくらいなら作るな」という発想には至らないし、至りたくない。
くっさい言い方だけど、どんな作品でも作者の魂が入っていると思うので。


僕はよく絵を描いてる時に泣く。
比喩でもなんでも無く、そのままの意味で、涙を流して泣く。
上手く描けないのが悔しくて。

そうやって泣いて泣いて、これでもかと思いながら絵を仕上げる。
目指す物には届かないけど、それでも僕の絵は魂を込めてある「血と汗と涙の結晶」なのだ。

世の中には絵が上手い人たちが死ぬほどいる。
彼らと比べ、「市場のレヴェルが下がるから下手な奴は絵をあげるな」言われたら僕はどうすればいいんだろうね。
みんな死ぬしかないじゃない。貴方も私も。


話は少し変わって。変わってないけど。

『自分が納得出来ないものを作品として世に出すのはどうなのか』。

これは正直難しい。場合による。

泣いて泣いて完成させた絵がやっぱり納得出来なかったら。僕は上げないと思う。
世に出すからには自分自身が納得出来たものではないと意味は無い。

趣味でやってる、例えばpixivにあげるだとか、自分のサイトにあげるだとかだったらあげなくていいと思う。
そういう絵も確かに何枚かある。何時間もかけたけど納得いかなかったからとりあえず完成させたけどお蔵入りした絵は何枚もある。

でも、例えばイベントだとかに出すとなったら話は違う。

「納得がいかなかったから新刊途中で描くのヤメました」は道理として通らない。

プライドが高いのは別に構わないけど、そういうのは無理矢理でも描き上げるべきだと思う。

描き上げた後で、やっぱりここが駄目だった、だとか、ここ削れた、だとかは出てくる。
それでも『描き上げて世に出す』という事が作品のクオリティより大事な場合というのはあるのだ。
(某時期の冨樫先生は世に出すにしてももうちょっと描き上げて欲しかったところだがw)



上を目指すだとか、糞な作品は市場のレベルを下げるだ云々言っておきながら、
自分は「納得した物じゃないと世に出さない」って。
もうそれ完全に駄目な奴の思考ですよあかつきさん・・・。
そろそろ書いてくださいな。



・・・



まぁ、要は「うだうだ言ってねぇで作れ」って話でした。

これはあかつき(サークルの相方)に言いたいことでもあったし、
僕が世に伝えたいことでもあったので日記に書きました。

これを読んだ貴方がなんでもいい、「なにか創ってみよう」と思ってくれたら僕は嬉しいです。


さっきゅん
習作さくやさん
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